知の教科書 批評理論

知の教科書 批評理論 (講談社選書メチエ)

知の教科書 批評理論 (講談社選書メチエ)

散々な本だ。現代批評は、所詮閉じた世界でのお遊びに過ぎないのか。
現代の批評理論をひと通り解説しましょうと言う本だが、通して読むことで「現代批評」に対して絶望を覚えてしまう。謳い文句が「批評による創出」なんだけど、その言葉に反して、現代批評がまったく生産性のないものであることに気づかされてげんなりする。
脱構築批評、マルクス主義批評、フェミニズム批評、ポストコロニアル批評と、まぁいわゆるポストモダン理論がまんべなく紹介されている。正直このあたりをおさえておけばいっぱしの批評家面はできる。「教科書」の名に恥じず、どう言う手順を踏めばいいのかまでことこまかに実践してくれてるし。

……それぜんぜん駄目だろう。手順を踏んでいけばいっちょあがり、だなんて。ひねりだした「創出」なんて面白くもなんともないよ。
いや確かに、批評には理論もあるし定型もあるさ。その上にドラマがあるし感動がある。理論をないがしろにするわけじゃぁない。だけどな、この本は理論を教えてくれてるわけじゃない。理論を理解しているように見せかける技術が書いてあるだけだ。

フェミニズム論の人が書いてる奴なんか分かりやすいよ。

  • 女性性は社会が構築した虚構だ。家父長制のせいだ。
  • 家父長制に対抗して母性が取り上げられた。
  • しかしそれも女性性の幻想として女性を縛ってしまうので注意が必要だ。

この論は、ポストモダンがここ二十年くらいで言ってきた奴の繰り返しで、それを元にそれ以前のテキストを読み返してああだこうだ言うわけ。ここで書かれてるのはスタイルの模倣で、これから勉強できるのは模倣の技術なんですよ。もっともらしい引用の仕方と、その順列組み合わせのバリエーションの読み解き方。
まぁ、この二十年の成果でそれ以前のテキスト解体しようぜー、てノリはわかるけどさ、そのノリを楽しむのはコストが掛かる割りにメリットがないんだよね。

あとね、注意が必要だ、で終わっちゃうのな。スタイルの模倣にも、繰り返しにも実は意味はあるんだけど、さすがに二十年進歩ないのかと思うとがっくりきちゃうよな*1脱構築とかマルクスとか、他の批評理論も多かれ少なかれ時代遅れで、かつ無力さを露呈してきたやつらだ。なんでいまさらこのあたりなんだよー。なんでそんな内輪受けをやってるんだよー。これだからポストモダン嫌いなんだよー。
それでも読みたい人はどうぞ。メタるには手ごろだと言う利点はある。

*1:さらにがっくりくることに、すべてを社会性に還元するジェンダー論は間違ってることが生物学のほうで証明されてきてる。足踏みしたあげく、関係ない奴にひょいっと横を抜かれるともう何やってきたんだよ、と